寒中見舞い二通

遺族より届く寒中見舞かな

中学、高校時代の同級生S君が昨夏急死したと知らされる。享年67歳。

いつもなら届くはずの年賀状になかったので、どうしたのかなと案じていた。今日届いた寒中見舞いには奥さんの名前で、早朝散歩で脳内出血で倒れそのまま帰らぬ人となったことが書かれていて動揺がおさまらない。
彼は足が速く運動会ではクラス代表、はじかみ屋だが、悪いことしたら見逃さないぞと悪戯っぽい目で見るところが人なつっこくて皆にも親しまれていた。毎年秋に行われる同窓会には必ず出席していたようで、2,3年に一回くらいしか顔を出さない僕でも毎回必ず会うことができて言葉少なに近況をかわしたことが懐かしい。

同じく、もう一通、高校時代の同級生N君よりの寒中見舞い。食道切除のあとリハビリ中である由。電話して少々張りが失われているが元気そうな彼の声を受話器越しに聴いた。

この歳になると、明日は、というより今日もかもしれないが、我が身。もし、僕が急死したら、その時はせめて年賀状をいただく人には家族からちゃんと告知できるようにしておかねばならないなと身にしみて思うのである。

S君の冥福を祈って、合掌。

春は近い

あてがひしスペースほのと室咲けり

いつもは蘭の鉢を寒を避けるため取り込む場所が、今年は子猫たちがいて土を悪戯されるので、書斎を明け渡している。

ふだん暖房しない部屋なのでなかなか成長できずにいたが、今週あたりから蕾が急に膨らんできて咲き始めたようだ。こうなると毎日眺めていたくなるが、暦のうえでもまもなく春、実感としても春がそこまでやって来ているような気がしないでもない。

帆立貝型古墳

墳丘の林騒がせ寒鴉

乙女山古墳は帆立貝型古墳の典型として名を知られている。

この公園のなかでは珍しく竹林と雑木林に覆われたままで、中に立ち入ることもできない。そんなわけだろうか、鳥たちの格好の隠れ家らしく、いろいろな鳥たちが出入りしている。
なかでも、竹林より背が抜きんでて高い高い雑木の天辺には烏たちが我がもの顔でたむろして、ときおり鳴く声は公園の遠くまでひびきわたるように大きい。

公園の真ん中にある池には多くの鴨が飛来するが、この日はカワアイサという珍しい鳥(雄)が一羽だけいて、大きな望遠レンズを抱えたカメラマンたちがシャッターチャンスを狙っていた。

古墳群

墳丘の形の顕はに冬木立

ふんきゅうのなりのあらはにふゆこだち
一本松古墳
馬見丘陵の冬木立
困ったときの馬見丘陵公園。

寒の句材はないものかと、時々雪が舞うような冷たい風だったがいくつかの古墳のまわりを散歩した。あるにはある、冬木立、寒烏、雪時雨、等々。が、なかなか授からない。苦吟の結果が掲句。

入館時刻

閉館ののちも客ゐて日脚伸ぶ

5時を過ぎてもまだ明るいことに驚く。

朝は相変わらず7時10分ころに太陽が上がってくるのだが、日の入りは確実に伸びてきた。
そのせいかどうか地方の博物館は、少々入館時刻を過ぎても目をつむってくれるところがある。しかも、入場料はただでいいから早く中へ入れとまで。

見守る

大寒に告げらる余命病猫

よくて六ヶ月くらいの命だという。

野良ちゃんでいる頃に居着いて14年あまり。出勤や帰宅するとき、途中まで見送ってくれたり迎えに来てくれたり、長い友である。来始めたころは、ちょうど会社を辞め独立したときで、以来いろいろな場面で慰められたりして、ある意味で戦友のような気がしている。
優しい子なので喧嘩にもよわく何度か怪我をしては帰ってきていたが、いつだったか目をやられたときからさらに喧嘩が弱くなり、そんなことがもとで片目が失明してしまい、今ではその眼球に悪質な腫瘍ができてしまった。
手術することもできないまま、手の施しようもない程度に悪化しているようだ。進むのを遅らせる効果があるかどうか分からないが投薬だけは継続することになった。あとは、寿命に従って衰弱していく様子を見守ることしかできないというのは辛いことだが、これも飼い主にとっては大きな試練でもあり心の準備をしておく必要があるのだろう。

当てが外れる

雪の景見んとて窓を開けてみる

予報では夜のあいだに雪が降り始め積もるはずだった。

当地に越して初めての雪の景色を一目見ようと窓のカーテンを引いてみたががっかりだ。雪などどこにも見当たらないばかりか、空も明るく今日は晴れる予感。

いっとき、晴れ間のうちに風花が舞ったのは救いであった。