リフォームの足場解く音風光る
こんな時期にリフォームに取りかかる家がある。
長期的な見通しにたって計画的に進めてきたのだろうが、それにしてもタイミングが悪い。資材などちゃんと調達できて順調にゆくのやらどうなのか。
ただ、足場を組んだはいいが実際に着手されはしないで、防護幕だけが風にばたついている。
新装なって、青空のもと足場を外す日はいつになるのだろうか。
めざせ5000句。1年365句として15年。。。
リフォームの足場解く音風光る
こんな時期にリフォームに取りかかる家がある。
長期的な見通しにたって計画的に進めてきたのだろうが、それにしてもタイミングが悪い。資材などちゃんと調達できて順調にゆくのやらどうなのか。
ただ、足場を組んだはいいが実際に着手されはしないで、防護幕だけが風にばたついている。
新装なって、青空のもと足場を外す日はいつになるのだろうか。
疫病の春の暮れゆく家居かな
コロナに明け暮れる日々。
NHKの情報は全く信用に値しないので、海外のマスコミなどの論調や、SNSなどで腹にすとんと落ちる専門家の発信などを総合すると、ますますこの緊急事態が解除される日が遠くなるような気がする。
とくに東京では基幹病院が次々に突破されて、コビット19だけではなく、医療崩壊によって持病の悪化や予期しない突発の病が起きたら命に直結する恐怖が現実に身近に迫っていると思わなければならない。
東アジア諸国でピークアウトを迎えつつあるなか、この国には自分は大丈夫という人が一定程度いて盛り場や観光地などをうろつくという点では、諸外国のなかでは日米が際だっている。ともに命より経済が大事というリーダーがいる国なのだ。
この三ヶ月当局が何をやってきたのかをしっかり頭に刻んでおかねばならない。
柳絮とぶ采女入水の池にかな
一面雪のようになるのだが。
猿沢の池も今年は面食らっているのではないか。
鹿だって煎餅をくれる人がいないので、今まで以上に街を闊歩しているというし、人通りもめっきり減って奈良の街は様変わりである。
見る人とていない池の面を静かに柳の花が散ってゆく。観月の日に舟を浮かべて采女をしのぶ行事も今年は見られないかもしれない。
どの階も遠出かなはぬ春燈
理想的には80%らしいが、実態5、60%ではどうなるのやら。
外出好きのお隣は土日となると相変わらず子供を連れてお出かけのようだ。
そのせいか子供がしょっちゅう風邪引いて何のための外出か首をひねっている。
最近はスマホの電波を読めば人の動きが数量化されるらしく、ピンポイントで人出が測定できるらしい。それによれば、一部観光地ではわずか5%くらいしか減ってないところもあるようで、これでは緊急事態宣言でコロナウィルスとの戦争を終結しようという目論見が根底から崩れかねない。
諸外国ではピークアウトしたところもぼちぼち現れたとの報を聞くにつけ、この国の迷走ぶりがどこに向かうのか、不安がますばかりである。
クラスター対策戦略がとっくに崩れたのにN、HKスペシャルでは見慣れた顔ぶれが泣き言を語るのを見るに至っては溜息しか出ないのである。二の矢も用意せず、検査拡大の合唱もむげにここまでずるずる引っ張った無策によって命が危険にさらされている。
マスクも、人工呼吸器も、検査能力も、病室も足りす、この空白の二ヶ月は何だったのか。
春塵をからめて猫の抜毛かな
掃いても掃いても、コロコロで取っても取っても、猫の抜け毛だらけである。
冬でも毎日の掃除は欠かせないが、抜け毛のシーズンとなる春夏は一日一回の掃除では間に合いそうにない抜け毛の量だ。ちょっと抱いただけでも同じ。
四匹もいると相当な量になって、これに細かな埃が絡むものだから掃除機のタンクもすぐ満杯になる。
春荒や砂噛むやうに腰うづく
起こしても起こしても倒される。
今日はそんな強い風に翻弄される一日であった。加えて時折雨が激しく叩きつけてきて、最後はもう倒れたものを起こすのは止めてしまった。
これからは、風雨災害のシーズン、コロナ騒ぎに加えて百年に一度の災害が加わったら果たしてこの国はどこまで耐えられるのであろうか。加えて、非常時に国民の命を守れない政治によって命を落とすのではやりきれない。
永き日のチャンネルどこも同じ絵を
食傷気味である。
話に心がこらず、そもそも嘘の固まりのような誠実の欠片もない人柄ときては、何を言っても空ろにしか響かない。
そのうえ、官僚の書いた格調も何もあったもんじゃない文言の羅列を数打ちゃ当たるとばかり、たった3分で足りる話を延々とその10倍の30分も原稿読んで、朝令暮改の所行をとくと見せつけられてドヤ顔されてはたまらない。
その日に食うもの、寝る場所さえ途方に暮れる人が巷にあふれているのに、百年の一度の危機を前にこの緊張感のなさはどうだ。
かくして、ただでさえコロナ疲れでフラストレーションがたまる一方なのに、為政者の無能をこれだけあからさまに見せつけられては、このブログも穏やかに済ませていられなくなってきたようだ。