青葉闇

下闇の侵す鑿跡百度石

伊勢を向く遙拝所がおぐらい。

天照の神の方向が下闇に覆われているというのもおかしな話だが、遙拝所のすぐ下が崖になっていて大きな樟が視界を遮っているので、冬になってもこの暗さなんだろう。
神社は八幡さん。百度石と刻まれた文字にも青葉が翳って彫りがより深く見える。

茶褐色に

三輪山につづく国ン中麦の秋
麦秋やここに大和の原風景

もうすぐだ。

盆地を西から東へ、県道14号線の今頃を走ると胸が高鳴る。

桜井市の麦畑

今ではあまり見られなくなった奈良盆地の麦畑がまだ残されているところがあるからだ。
県道から西は麦畑で、その突き当たりの三輪山まで、日に日に茶褐色に染まってゆく景色が広がるのだ。
かつて、大和国ン中の今頃は一面麦秋の季節を迎えて、大阪から峠越えするときなどはそれはそれは素晴らしい眺めだったという。

車から降りて手に取ってみると、それは小麦のようだ。穂に触ればつんつんした角があり、それは思ったより固いものだった。
国ン中周辺部には、今でも「早苗饗(さなぶり)」の風習があり、半夏生のときなどでも餅米と小麦粉でできた「早苗饗餅」を饗するところもある。
そう言えば、今麦畑が広がっているのは桜井市で、三輪素麺の本家本元の地にあたっており、小麦と三輪とは素麺の縁でも結ばれてるのかも知れない。

鶯も鳴かねば

田の水はいまだ冷たし時鳥

帰ろうかと思ったらふいにホトトギスが鳴き始めた。

沢水のほとりに近く遠くに来ては、繰り返し「トッキョキョカク」だの「テッペンカケタカ」だのと鳴く。
今までホトトギスの声を聞くのはこうした棚田のように斜面の田のあるところで、水があるところを好む鳥ではないかと思うのだがどうだろう。

棚田の両脇から鶯の声も聞かれるが、もしかしたらこの托卵の習性のあるやつに狙われているのかもしれないぞ、気をつけな。

五感なくとも

万緑や耳は獣におのずから

定例の句会に先だって宇陀の棚田に立ってみた。

宇陀・玉立(とうだち)の棚田

水の音、風の音、そして鳥の声。
棚田の奥には通称「大和富士」こと「山」の文字の形をした「額井岳」が見える。水はこの山からの引き水だ。
山の水には蛍が生息し、この水路伝いに時鳥が行き来する、かけがえのない環境。どこを向いても山に囲まれて、緑、緑、また緑の世界だ。
目を閉じて、全身耳になったつもりで外界の音に全神経を澄ますと、原始の人間になったような不思議な感覚に襲われるのだった。

視覚、聴覚さえあれば触角、嗅覚、味覚はなくとも人は自然に帰れるかもしれない。

屏風岩

線刻の衣紋涼しき磨崖仏

室生寺の入り口を守るようにある大野寺。

大野寺の磨崖仏

樹齢400年のしだれ桜が有名だが、もっとよく知られるのが宇陀川を距てた対岸にある磨崖仏だ。
高さ11メートル超の弥勒菩薩立像が、屏風岩をくり抜いて光背とした面に線刻されている。河原に降りて間近に仰ぎ見るとその大きいこと。
高さでは長谷寺の十一面観音さんにも負けない。足下には豊かな清流の音、屏風岩の左右は何の木だろうか鮮やかな若葉、そして上には松の木が濃い緑を形成して松蝉の声が降ってくるような佇まいに、しばし暑さも忘れ聞き惚れ、みとれている。

室生寺まで足を伸ばしてみたが、やはり宇陀川沿いの屏風岩が美しく、秋の紅葉さぞかしと思われる絶景だ。最後の大きな屏風岩を巡ると山門に到着だが、こちらは意外に観光客は少なく、このシーズンの穴場かもしれない。

胃に来る来ない

新茶とていつに変はらぬ急須もて
到来の新茶や久の長電話

新茶がうまい季節。

と言って、あのカフェインには弱い人間もいて敬遠する向きも。現に家人は夜寝られなくなるからと緑茶はたしなまない。番茶でもなく、色々混ぜた何々茶というものばっかり飲むのである。紅茶やコーヒーは平気で飲めるのに、なんとも解せないものである。
そんな連れ合いにつき合わされて、家では緑茶は滅多に飲まなくなった。
たまに、到来ものの新茶があるときは別だが、それもたいがいは独りで汲むことになる。

ただ、当地に来ると、大和茶の産地だけあって新茶のこの季節ニュース番組などでよく紹介される。二葉一芯摘みという積み方の名前すら覚えてしまった。周りは宇治茶に近江茶、そして伊勢茶。よく考えると茶処ばかりなのであった。

仰々しい

行行子右へ左へ葦の風

近くで鳴いている。

池のある部分が葦原となっていて、鯉、亀、小魚、水鳥たちの安息の場所だが、今日はそこにヨシキリを発見した。
木橋から鼻と目ほどの距離に、風に大きく揺られながら葦に掴まっている。
騒々しい声からすると、「行行子」より「仰々子」のほうがよほど似つかわしい。雌でも呼ぶ声なのだろうか。