隠国の谷

春寒や長谷の舞台の前のめる

あの舞台というのは、水平ではない。

堂から谷に向けて想像以上の傾斜がついているのだ。
おそらく、排水を考えてのことだと思われる。
だから、雨や雪などが残っていると気をつけなければいけない。

これから花の寺としての本領発揮の時期を迎えるまでのひととき、隠国の谷にはまだまだ寒い日が続く。

山に火を追う

野火を追ふ空と交はるところまで

若草山がようやく黒くなった。

昨日「焼き直し」があって、本来の末黒山が出現。
関係者だけの作業だから、見学できたのはたまたま訪れた観光客くらいだろう。
名にふさわしいお山に戻る初夏がまた楽しみである。

足の裏から

勤行の内陣響もし冴返る

しばらくは寒が戻るという。

今朝は想像以上に冷えて、底冷えでは今季二番目かと思えるような厳しさ。
いわゆる、寒の戻りだが、「余寒」(傍題:残る寒さ)と言ってもいいかもしれない。
大寺の天井の高い本堂などでは、日が差し込まないこともあってか、春とは言っても、冬の寒さが残るような日がまだまだ続き、「春寒」とは微妙に違う寒さに包まれる。
それこそ、床の冷たさが足裏から伝わってくるようだ。

流れる川は凍らない

大淀の湾処吹かるる薄氷

通常は「うすらい」と読む。

掲句は下に置いたので、「いすごおり」と読むことになるが。
寒が明けると氷がやせて薄くなったり、氷が張っても寒にくらべて薄くしか張らなくなる。その風情を言うわけだが、取りかかってみると意外に難しい題である。
なまじ取り合わせで詠もうにも、なかなかしっくりくるものが浮かばない。かと言って、一物仕立てというのも腰をすえた写生なくてはとても適いそうもないし。

登大路の異変

お湿りの火勢上がらぬ野焼かな

今頃はどこから見ても黒い山なのだが。

今年は枯芝色ばかりが目立って、すぐ近くまで行かないと燃やそうとした形跡すら見えない。
若草山の山焼きのことである。
登大路を東大寺めざして歩けば、否が応でも見えるはずの「末黒野」が見えないのは寂しいものだ。
今年は、下り坂の空模様のなか、花火などはあえて強行したようだが、やはり山焼きの火勢上がらず、斑模様ともならずに大半が焼け残ってしまったようだ。
日をあらためて焼くという広報だったから、ある日気がついたらお山が黒くなっているということになるのだろう。

春の号砲

杣の耳そばだて夜半の遠雪崩

雪崩は春が近い印である。

来週あたり3月下旬から4月上旬のような暖かさになるという。
気温が一気に上がり雪崩が起こりやすくなる。木をなぎ倒し、谷の大きな石をも転がす、恐ろしい力があるいっぽうで、今まで人を寄せ付けなかった山にアプローチできるきっかけをもたらす。
山に生きる人にとっては待ちに待った、言わば「山明け」の号砲とも言える。

覗きたい衝動

春の水湛へ古刹の隠れ井戸
隠れ井の意表ついたる春の水
思はざる古井の底の春の水
隠れ井の桁のあえかに春の水

伏せてあるものは覗きたくなるもの。

元興寺裏手に回ると小さな井戸があって、竹に似せた蓋が載っている。
何にでも好奇心が強い吟行子が開けてみると。。。

涸れ井戸と思いきや、実はりっぱな現役とも思われる水量。
その面には明るい空が映って、水も柔らかそうだった。