肉親

チョコレートもらふことなく卒業す

好きな子はいた。

が、卒業までとうとうバレンタインデーのチョコレートをもらうことはなかった。
だいいち、この日にチョコレートを渡して恋心を白状するなどという慣習もなにもない時代のことだ。
さらに、卒業当時は一月を過ぎたら受験やその準備などで学校には足も向かない状況。
おまけに、受験失敗したので予備校選抜試験などがあって卒業式どころではなかったし。
もしかしたら、渡そうと思う人がいてくれたのにその機会がなかったのかもしれない。
その後サラリーマンとしてこの日を何度も迎え、そのつど義理チョコなるものをもらったが嬉しいと思ったことはなかった。
唯一の貢献元である肉親からも、チョコはあまり好きでない主には最近届かなくなった。

手つなぎ

園バスの園児吐き出し春めける

季節違いの暖かさ。

へたすると二月ほど先に進んだかと思える陽気である。
家の前は園バスの停留所。
暖かい日射しに包まれた園バスから園児が元気に降りてきた。送迎の教諭も満面の笑みを浮かべて親御さんに挨拶してゆく。
親子で手つなぎ家へ向かう姿を見送りながら、ほのぼのとした暖かさを感じる午後であった。

部数減

春なれや落丁落字誤変換

ある会の同人誌みたいな会報。

気の毒なことに校正を一人でやっているので、ときどきミスが発生することは止むを得ない。
一番若くて優秀なひとりが校正を買って出てくれてるので、だれからもクレームは出ない。
私も、原稿ごとまるでなかったようにいくら探しても自分の文がそっくりぬけていることもあった。
筆の仕事仲間のOB会とでも言おうか、達人も多いので掲句のように誤字とか誤変換はまずないが、巻頭が前年のものだったりして思わぬことも起きる。
会員の高齢化がすすみ、すでに鬼籍に入られた先輩も多い。寄稿者もひと頃の半分程度になりここ数年は一気に減ってしまうありさまだ。
ひとりあたりの印刷、製本のコストもそろそろ限界に近づいて言えるが、せめて数年はこのままもってもらいたいものでらう。

構図

春寒や出足のにぶき投票所

町長選の一票。

小さな町や村の多い当県では首長選はたいがいが無投票である。

ただ、現職が退いて新人同士となるとそうはいかない。
その町や村の既存勢力の争いの様相を呈してきて、拮抗すると実に興味深い。
ただ、今回はそういう様子はみられず既成勢力対革新の構図。
前町長が不祥事によって辞職したこともあって、既成勢力の一方的な勝利にさせないためにも負けを承知の革新勢候補に一票を投じてきた。
当町のような小さな田舎町にはご多分にもれず古い住民によるしがらみのようなものが澱んでおり、全国で絶賛注目中の安芸高田市の気鋭市長と議会とのバトルでよく分かるように、過去の因習から簡単にぬけきれないでいる構図が肌でも感じることができる。
カルト宗教の選挙応援をもらってはご機嫌取りの政策をすすめ、またいっぽうでは税金から多額の政党交付金をもらいながら、100人を超える議員がまともな帳簿すらつけず多額のカネが使途不明になっている言わば犯罪人集団である政権与党をのさばらせているのも、地方の実態と構図がだぶって見えてくる。

特権

脈絡なき夢に覚めては春の闇

最近見る夢はほとんど脈絡なく、しかもふだん思いもしない人やことが現れたりする。

浅い眠りということだろうが、やはり昼間の活動量が少なすぎるのか。
今後老いて体がさらに言うことをきかなくなると、こんなことが毎日起こるのであろうか。
さいわいなことは、夜中に夢を見たとしてもまたすぐに眠りに落ちて、朝目が覚めたらまったく覚えてないことである。
聞くところによると、夜中に一度でも尿意に目が覚めたらそれは頻尿と言うことらしい。
まるまる八時間目が覚めないで寝続けることなど若者の特権でもはや望めないことだろうか。

自力

夕東風や家路たちこぐ子供たち

風に梅の香りがのってくる。

梅といえば東風。この季節の東から吹く冷たい風である。
ただ、冬と違うのはもう底を脱したという安心のうえに吹く風であるからどこか憎めないでいられる。
明日から三連休であるし、気温もかなり高いことが予想されるのでどこか浮き立つところがあるのだが、逆にこの時期悩ましいのは花粉、杉花粉の到来である。
げんに今日などはどこか鼻がむずむずするところがあって、ティッシュペーパーの減りがやや多いようである。
追い風に乗って元気な子供たちが坂道をがんばって漕いでいる。子供たちのはむろん電池など積んでないので自力である。

ぼやく

梅固し黒雲厚く低ければ

家人と話しをするのだが、当地はからっと晴れる冬が少ない。

長く関東にいたので冬と言えばからっと晴れ渡った日が多かったので、最初の冬に感じたことである。
しかも、ただ雲が多いと言うだけではなく、雲自体が暗く、黒くてそれが頭上を覆うのである。気分的にはたいへん抑圧されたようなものである。
考えてみれば、関東は日本海側から吹き付ける湿った風が幾層もの高い山々を超えてくるうちすっかり湿気をなくした状態になるのに対し、当地のは日本海からの重たい空気がやすやすと飛んでくるので雲が暗く、しかも低い。
朝から夕方まで晴れっぱなしという冬の日は数えるほどしかないのである。
洗濯物を取り込むたびに家人のぼやきが聞こえてくる。