時じくの香の菓

オートドア開くやいなやに余寒いふ

寒い寒いと飛び込んでくる。

医院のなかは混んでることもあって意外に暖かい。
雨模様の日ながらそれほど寒いとは感じなかったが、体調のよくない人にとっては体にきくのだろう。
老化というのは細胞の老化。
最近録画を採って必ず見ている番組がNHK・BSの「ヒューマニエンス」。最新の科学、とくに人間に関する新しい知見が毎週えられ、知的満足感が非常に高いからとも言える。
今週のテーマは「ミトコンドリア」。20億年前にほぼすべての生命体に細胞内共生という形ですみついて、細胞の活性化、老化にダイレクトに関係する、いわば生死を司る細胞らしい。ミトコンドリアが傷ついたりして劣化が進めば、それはすなわち老化を意味すると。
意外なものに人間の生死が操られているというわけだ。最近この傷ついたミトコンドリアをきれいに処理して細胞を若返らせる物質が発見されたとも。研究が進めば、これぞまさしく「不老不死の薬」になるかもしれない。逆に言うと「死にたくても死ねない」時代が来るかもしれないのである。現代版「時じくの香の菓」であるが、考えれば恐い話しではある。
再放送は、BSの2月28日(水) 午後五時から。興味ある方はご覧あれ。

原産地

貴婦人のたたずまふにや千里香

今朝庭に立つと雨の匂いに混じって強い香が鼻をさした。

沈丁花、別名千里香。
雨で一気に白梅が散ったと入れ違いに咲き始めたようだ。
名前の通りこの香りはとても強い。まして近くにいてこの香りに支配されると頭が痛くなりそうで、長くとどまっていられない気分になる。
どう見てもこの強い香は本邦のものではなさそうである。調べてみると原産地中国とあった。むべなるかな。
楊貴妃の使った香もこのような刺激の強いものであったかもしれない。あるいはかの西太后も。

急かされる

幅せまく春雨傘の歩みけり

今日は二十四節季の雨水だそうである。

降っていた雪も雨に変わる頃、あるいは積もった雪を解かす雨ということだ。
たしかに雨はひと頃より冷たくはなくなったかもしれない。
しばらく気温が高い日が続くらしいが、それもどうやら一足早い春の長雨のような日となりそうである。
いつもより早く暖かくなるのはいいが、ちょっとずつ季節感が狂ってしまうといくつもやり残しがあるような気がしないでもない。
庭の梅はおそらくこの雨で散り始めることになろう。櫻もまたいちだんと早く開花するのだと思うと何か急かされているような気分になる。

日曜日の思い出

赴任地へ父の戻りて暮遅し

ずいぶん日が伸びたと感じる。

関西なので六時になっても空はほの明るい。
お隣は単身赴任で週末には帰ってこられるが、仕事の始まる前の日には必ず任地へ戻る。会社規則で夜の運転が禁じられているらしく、昼間明るいうちに出発となってしまう。この間までは三時にはもう車がなくすでに発った後だったが、今日などは四時頃までは家にいられるにちがいない。
小さな子供たちにとっては大人になっても忘れられない、ちょっぴりもの悲しい日曜日かもしれない。

白菜

茎立の成長点を和えにけり

茎立、薹立ちのことをいう。

今年はいつになく暖かい日が続いたせいか、野菜たちの薹立ちがすでに始まっていた。
アブラナ科が薹立ちするといわゆる菜の花になるのだが、そのなかでも最もうまいとされるのが白菜だそうである。
その白菜だが、苗作りに失敗して蒔き直ししたのだが、やはり一ヶ月の遅れは大きてく結球しそうもないので菜の花をいただくべくその日を心待ちにしていたのだ。
ひさしぶりに畑に出るとその菜の花が顔をのぞかせていて、ためしにひとついただいてきた。
今夜の卓には間に合わなかったが、明日はどういう料理になるのか楽しみである。

猫語

加湿器の水よく吸うて冴返る

しばらく暖かい陽気に体がなじんでいたのでその反動であろうか。

真冬ほど寒くない気温のはずなのに、やたら冷え込みを感じる。
猫どもも同様のようで、午後四時頃からにゃあにゃあと煩く寄ってくる。暖房をつけろという催促である。

スウィッチオンしてしばらくしたら、みんなおとなしく床に寝そべっている。
この時ばかりは奴らのいう言葉がよく分かる。

0.5cc

たわいなき話に血抜く院のどか

注射の上手なナースに当たった。

刺す瞬間も液体を注入するときも痛みというのはほとんど感じないのである。
おまけにこの人に打ってもらった注射痕に血がにじむということはかつて一度もないし、その痕跡すらよく分からないほど腕前が鮮やかなのである。
新米に当たるとどうか注射が上手であってくれと祈るような気持ちで体も固くなるし、だからなのか余計に針を刺す瞬間も注射液を入れる間も痛いのである。そういうときは決まって注射痕中心に血がにじんでだりする。
血圧さらさらの薬を常用しているので、一般の人よりは出血しやすいのである。
たわいもない話しをしながら打つのだが、この日はやけに混む理由が分かった。コロナが増えてきて発熱外来が忙しくなってきて先生が大忙しなんだと耳打ちしてくれた。
そんな話しが終わるか終わらないうち、それこそあっという間に0.5ccの増血剤が静脈の中に吸い込まれていった。