台風が過ぎてゆく

虹立つと吾呼ぶ声の二階より

台風が今ごろはちょうど真南の方にいるらしい。

ところがいっこうに荒れてくる気配がないのはありがたい。それどころか、さっきなどは飛鳥の方向に太い虹が立つのがみえるのには驚いた。雲間から僅かな光りがもれた、ほんの短い間に二回も現れてくれたのだった。
西のほうが暗くなってきているので多少は降るかもしれないが、奈良盆地への影響は大したことはないように思える。

尾を踏んだら

虎尾草(とらのを)のふるへ雨垂れこぼしけり
虎尾草の東向くもの西向くもの

見た目にはまるでギンギツネの尾のようだった。
オカトラノモ

吟行仲間の誰もが見たことがないという、猫じゃらしの根元の方を少し太くしたような花茎が垂れている。写真に撮ってネットで名前を調べてみるとはたして「虎尾草」という花だった。
さらに驚いたことにちゃんとホトトギス歳時記に載っているではないか。
一緒にいた練達の選者すら知らなかった花ということなので、今ではもう珍しい部類に入っているのかも知れない。

黒潮

急磴を果たし沖なる夏の潮

中上健次の小説の舞台の神社である。

新宮市神倉神社。ここのご神体は急な石段を538段登ったところにある大きな岩である。縄文・弥生時代から信仰の対象とされてきたという原始磐座への典型であるが、ここのすごいのは小説にも出てくる松明をもって石段を駆け下りる火まつりの、あの急でしかも乱積みに等しい足場の悪い石段である。
登ってみれば新宮の市街や沖の黒潮が流れる熊野灘が一望できる素晴らしいところなのだが、その登攀中ではとてもそんな景色を楽しんでいる余裕はない。まるで石段にしがみつくようにしてようやく到達できるわけだが、今の時期汗を人一倍かいた後眺める沖の黒々とした潮には遙かな思いをめぐらすこともできるのである。

雨の月下?

夜の雨や匂ひ立ちくる女王花
女王花その香放てる雨の闇
あめの夜のかほり澱める女王花

2階のベランダで育てている月下美人が開花した。

それも大ぶりの2輪である。窓を開け放した階下の部屋にいても、甘い香りは十分に届いてくる。さらに、雨が降って空気が重いせいか、その香りは下へ下へと淀んでもくるようでさらに濃度を増している。月が見えない闇夜とはいえ、はっきりと月下美人の開花が分かるのだった。

贅沢な餌

ざりがにの己が爪にて釣られたる
ざりがにの不覚とったるするめかな
ざりがにが釣れて水汲むバケツかな

ざりがに釣り
幼い兄弟がざりがに釣りに興じている。

一匹は釣れたが、二匹目は穴の中に閉じこもって出てこないのだという。お兄ちゃんがうまい具合に穴の入り口に餌のするめを投げ入れることができたと思ったら、赤い爪がニョキッと出てきてするめを引き込もうとする。
お母ちゃんが今だよ!と促すとどうだ、うまい具合にするめを挟んだままのザリガニが引き出されて、そのまま釣られてしまった。

そんな光景を見物していたら、小学生低学年の頃の遠い昔を思い出した。あの頃はするめなんて貴重な食べ物で、とてもザリガニの餌になどできるものではなかったなあと。僕らはそのあたりで捕まえた殿様蛙のむき身だったのだから。

ノンエリート

今生のさだめは餌の金魚かな
生れしより貴賤定まる金魚かな
魚には貴賎あるらし餌金魚

金魚と聞くといつも「餌金」を思い出す。
大和郡山・金魚資料館にて
いわゆる肉食魚の餌となる金魚である。10匹いくら、100匹いくらで取引される哀れな金魚である。餌にするなら何も金魚でなくてもいいような気がするが、考えてみれば昔から大量に養殖されている数少ない魚だからだろうか。しかも鯉に比べたら高価でないという点もそのわけになりそうである。

僕は昔から、エリートとか、家筋・血筋などを持ち出されるといつも鼻白んだり,妙に反発するところがあって、養殖場へ実際に行ってみたときもそうだった。高級な金魚の生け簀のおかれたブロックとそうではない一般の金魚のブロックが仕切られていたりすると、写真のような餌金たちのほうがよほど愛しく思える質なのだ。
ついでに言わせてもらうと、家柄を顔中、体中につきまとわせている類いの連中は顔をみるのも声を聞くのも我慢ならないクチで、テレビの画面に映ろうものならすぐにチャンネルを切り替えることにしている。ただ、たまに全チャンネルとも同じ映像を流しているときがあり、そういうときは電源を切ることになる。

大和郡山は金魚の産地というので「金魚資料館」なるところまで行ってみた。

ヴィクティム

蜘蛛の囲の破綻見せざる相似形

花菖蒲も終わり、何か咲いてないかと歩いてみた。
蜘蛛の囲

萎れかけた未央柳金糸梅の群れがあったので、写真に撮れるような花がまだ残ってるかどうかのぞいてみると、見事な巣をかけたジョロウグモがいる。
不用意にマクロレンズをぐっと近づけると敵はすっと逃げてしまって、気がつくと巣にはまゆのようにすっかり白い糸に包まれた哀れなヴィクティムがぶら下がっているのだった。