黒い土

老の手に塩吹く汗のありにけり

塩になるほど汗をかいたのは久しぶりだ。

恒例のZOOM句会が早く終了したので、夕方の二時間ばかり菜園に出て西瓜などを植えた。
農作業というのはなにごとも午前中の方がいいのだが、八時を過ぎるととても暑さには耐えられそうもない、かと言って早朝というのはいろいろやることもあって、その二時間の確保をしようと思えば4時頃から始めねばならずちと難しい。
そこで午後、それも夕方の二時間ほどとなるとやはり4時ごろからということになる。これなら暑さもだんだん和らいでくる時間帯なので意外にはかどることになる。
とは言え、今日などはスコップを持ったので汗が流れた。皺だらけの腕に塩が浮き、さらに濡れて黒い土にまみれて我ながら満足の帰宅であったと言える。

転ばぬ先の杖

野良夫へ冷ました麦湯もたせけり

外出には飲み物が必需品の季節である。

とくに熱射病、日射病でひんぱんに救急車のお世話になるニュースが、毎日のように流される近年の暑さは尋常ではない。休憩と水。外で活動するにはこの二つは欠かせない。
身近なところでもこうした事故に遭遇したことがあり、外で倒れて誰にも気づかれない恐ろしさをまざまざと感じた。
人に迷惑をかけないためにも、転ばぬ先の杖。準備怠らずに外出を楽しみたい。

古都華

ミルクなどまして砂糖を苺には

最近の苺は甘い。

素人の菜園苺でもそこそこの味が楽しめるようになっている。品種改良の成果だろう。
子供時分には苺など滅多に口に入らなかったが、練乳あるいはミルクに砂糖をぶっかけて、さらに丁寧にも平たいスプーンで実をつぶして食べたり。今考えるとちっとも甘いものではなかったが、それなりにちょっとした贅沢を味わったものだった。
さいわい、当地には自慢の飛鳥ルビーがながく人気があったが、最近は古都華というニューブランドが実も大きくて甘く主流になっている。
お隣の平群はその古都華の産地。町の道の駅には午前中から大変な賑わいで、県外ナンバーも多く見られる。コロナ禍の制限が解けて一気に多くの人が動き出した。

清涼剤

青梅の落ちてもぎ採るるかさもなし

いくつか実をつけていたのでもしやと期待していた。

ところがここのところの雨が多いせいか、あるいは風が強かったか、足もとに来てみればまだ固い実のままでずいぶん転がっている。
一キロくらい採れれば今年も梅シロップを楽しめるかと期待していたのだが、期待のままで終わりそうである。一キロ程度なら買ってくればいいものだが、買うとなるとやはり最低二キロくらいは欲しい。自前だからこそ貴重だと思えて一キロで我慢できるのであって、買ってまで時間をかけてシロップを作るとなるとやはり物足りないのである。
昨年仕込んだシロップがそろそろ飲み頃を迎えてきた。梅雨どきのじめじめとした鬱陶しい時期、汗もなかなか引かない風呂上がりなどにコップ一杯の梅ジュースはすかっとするものだ。自宅では呑めない口なので梅ジュースは蒸し暑い夜の清涼剤となる。

競演

ほととぎすここは譲れぬ声比べ

時鳥の鳴き声というものはすぐに遠ざかってゆくものだ。

なぜなら、彼らはもともと渡りの習性があるうえに、一カ所にじっとはしないで山里、棚田などを渡り啼くものだから。鶯も藪など低いところを移動する習性があるが、時鳥ほど速くはないし、自分の縄張りを主張するときなどはまず動かないで佳い声をいつまでも聞かせてくれる。
時鳥と言えば、夜中の夢うつつのなかで聞きとがめてもすぐに声は遠ざかっていく。啼いてるなと思っても声の主はつねに移動しているので長くは楽しめないものだ。
時鳥の句には久女の有名な句、
谺して山ほととぎすほしいまゝ 杉田久女
がある。おそらくこれは山峡をこだましながら渡っているからながく聞こえたにちがいないと想像する。
ところが渡り途中の二羽が出会うと、縄張りを競うかのように延々と鳴き比べすることもあるようだ。こうなるといつまでもつづく夢の競演となり、いつのまにかその虜になって聞き惚れてしまうことになる。過去に一度だけしか経験したことがないが、あれは決して忘れられないくらい貴重な時間だったようだ。

絶え絶え

コンプレッションウェアに触手の炎暑かな

突然の暑さ。

午前中こまごま動いただけで、午後はもう予定もくそもなく休息と決め込んだ。
各地で熱中症でかつぎこまれる一日だったようで、ここ盆地も例外でない。むしろ盆地という形状から気温急上昇が激しい。
二日前に雷雨がしっかりあったわけだし、土が乾いているわけではないのに定植まもない苗などは根がまだちゃんと張り切れてなくて、どれもぐったりして息も絶え絶えのあわれな姿を見せていた。
人も草も急激な天候変化に振り回される。そんな時代の真っ只中に生きているのだ。

上皇ご夫妻

自転車道碧く塗られて青葉風

久しぶりに斑鳩方面へ出かけた。

平坦でだだっ広く、基壇部分だけ高く盛られただけの元中宮寺跡には何棹もの鯉幟が初夏の空を泳いでいる。
手許の気温計を見ると31度。真夏日である。ただ、湿度も高くなく、心地いい青葉風があるので窓を開けたまま走っていても少しも暑くは感じない。
道路が空いているからだが、夕方ニュースを見ると午前中には上皇ご夫妻が中宮寺を訪問されたとのこと。法隆寺前の松並木参道の両側にはおおぜいのお迎えの人たちが映されたが、その時間帯でなくてほんとうによかった。