寒村に生きる

冬耕や腰の曲がりの年々に
冬耕や腰が曲がればそれなりの
機械化のおよばぬ山に冬耕す
冬耕やこの代にして途絶ゆるも
冬耕や父祖代々に恥ずるなく

過疎化著しい山村の田畑を想像してみた。

山里の機械化するほどのこともない、ほんの猫の額ほどの畑が寄り集まった小さな集落である。
今までは一日もあれば片付いていた冬準備も、歳を重ねるごとに二日も三日もかかるようになった。老妻の腰の曲がりも年々深くなってきているようだ。それでも、これら先祖代々めんめんと受け継げられてきた畑を放棄することなど考えられない。
こんな不便な山村ではどの家の息子も娘も都会に出てしまって、跡を継ぐようなことは彼らの頭には毛頭ないのも当然だと思う。

これら時代の流れとすればしかたがないことだ。今はただ日々の暮らしの安穏であることを祈るだけである。

戻り花とも

とりどりのスマホ向けられ帰り花
帰り花登りの人には見えてゐて
よもや我が日向みずきの狂い咲き
風避けの舟影まばら帰り花
風避けの浦見おろせる帰り花

人だかりがして木を見上げている。

どうやら桜の狂い咲きが見られるらしく、帰り花と聞くとみなさんスマホや携帯電話をとりだしてカシャカシャしては満足顔だ。家に帰ったら家族にでも見せるんだろうか。
また、二番目の句は昨日信貴山ハイキングコースを下りているとき足元ばっかり見ている自分に気づいた。考えてみると、登るときには時々は顔を上げながら行く手を確かめたしかめ足を運んでいるようなので、この花の少ない時期に帰り花があればきっと見つけやすいんではないだろうか。

今月に入って「帰り花」という兼題句に取り組んでいるが、何のことやら、拙宅の植え込みに白い日向ミズキの花がさいているではないか。灯台もと暗し。

紅葉のお山へ

踏み跡は獣道かも冬紅葉

風もなく天気のいい日曜日だ。

信貴山のハイキングコースを振り返ったら、「注意イノシシ出没」という看板に気がついた。今登ってきたばっかりの道だが、たしかに猪や猿などが出ても不思議ではない道のようである。
はたして、下る途中でどう見ても人が踏んだ跡とは見えない道が藪の中に続いているのが見えた。周りを見渡しても単なる雑木林のようでとても人の手が入っているようには見えない。
朝夕はともかく昼間は人もポツポツ通るコースだしあんまり心配することはないが、これから山に餌が少なくなる季節でもあり、用心するにこしたことはなかろう。

信貴山の仁王門をくぐったら見事な紅葉。

信貴山仁王門の紅葉

習作

大綿の径に沿ふもの沿はぬもの
綿虫をついと飲み込む滾りかな

「大綿」は初冬の季題。

綿をまとった羽虫のように変化して、空中を浮遊して交尾し産卵したらまもなく死滅するという。別名「綿虫」ともいう。カゲロウ以上にはかない生き物だが、雪国などでは雪が舞う頃に見られることから「雪虫」とも呼ばれている。
先日、ある俳句ブログで綿虫が見られたという記事があったので、さっそくその現場・斑鳩に行ってみた。夕日に透けて光るのが発見できたので帽子でそっと掬ってみる。人の体温でも死んでしまうほど恐るべき虚弱な生き物だから、そっと包むようにである。
雪虫という名はついているが、よく見るとその綿の部分はいくぶん青味を帯びて帽子の中でじっとしている。しばらく観察してから放してやったものの、あのまま儚くなってなってしまったのではないかと今反省している。

数日後、いつもの散歩コースでゆらゆら舞うものを発見したので追っかけてみたら、農業用水の落ちこむところに来てふいに消えてしまった。急流のまき起こす風にでも巻き込まれてしまったのだろうか。

この2週間頭から去らなかった今月の兼題。投句締めきり日につき。

お散歩カメラ

ケーブルカー今は昔に冬苺

奈良盆地が望める住宅地の一番高いところまであがった。

高台の標高は向かいの松尾山、矢田丘陵をゆうに超えていて、ふだんは頭しか見えない東山地の龍王山、三重県境の高見山などがはっきりと区別できるくらいによく見える。
久しぶりなので今日はこのまま信貴山まで登ってみようと思いたった。
ここから、かつてケーブルカーが敷かれていたという廃道の700メートルを直登すると、信貴山バス停に行き着けるからだ。もちろん人しか通らないので車にも気兼ねなくマイペースで登れる。桜を植樹してあるというがすでに落葉し目を楽しませてくれるものは何もない。耳に達するのもときおりの鵯くらいで、落ち葉を踏みしめる自分の足音だけがしているだけだ。

直登の半ばくらいに達してようやく赤い実を見つけた。冬苺のようだ。ガラケーに撮ってはみたものの使い物にならないだろうし、やはりデジカメでも持ってくるんだったと思った。

11/16再挑戦。
信貴山へのハイキングコースで

すこやけく

受付のテント真白し七五三

週末を前に祈祷受付テントの準備も整った。

純白のテントは清淨で厳粛な神社に相応しい。折り畳み椅子も並べられて、祈祷を受けに来るひとたちが多いことがしのばれる。
テントを間近に見てみると、昨夜の降り残しなのか、朝露の名残なのか、しっとり濡れていて境内のしめやかさが増すかのようである。

男神らしさ

小春日の千木金色に布留の杜

石上神社はあまりにも由緒が古くて分からないことが多い。

かつて神社のあった辺りは武を司る物部氏の領地で、物部宗家が滅びたあとの大和政権時代の武器庫でもあったと言われている。本殿もかつてはなく神池を祀っていたというから相当古い神社であることは間違いない。
国宝の本殿の千木などはいかにも男子の神を祀っているという無骨なほどの感じがする。
千木や鰹木の両端は金箔でも施されているのだろうか、小春の太陽を浴びて眩しい。