風が出て

たんぽぽにいたく執心蝶一羽

一頭の蝶がタンポポの花に動かない。

午前中風がないせいか、白や黄だのの蝶の乱舞に驚いた。一気に暖かくなっていっせいに活性化したのであろうが、菜園のまわりは蝶、蝶である。
そのなかでも目を引いたのは一羽の黄蝶。咲いたばかりとみえるタンポポの蜜が気に入ったのか、他の蝶がとまろうとしても動く気配はない。今日は蝶に元気をもらって、何もやることがない菜園でただ漠然、ぼんやりと過ごす時間が心地よかった。
一時間以上いたろうか、気づけば風が出てきて先ほどあれほどいた蝶が姿を消してしまった。それを合図に帰ることとなった。

材料

荒鋤の田の黒々と初燕

聞いた声がするので空を仰いだ。

やはり、燕だった。二羽。
整えられた田の上高く大きく弧を描きながら、久しぶりに戻ってきた故郷の空気を確かめるようにかすめてゆく。
ここが気に入ればあと二月もすれば二世が飛びたつことになる。
なにしろ巣をかける材料となる泥はいくらでもある。

連帯

戦禍の報馴れてはならじ春愁ひ

たどたどしい通訳の日本語に気を取られていた。

ウクライナの大統領スピーチはもう少し過激なことを言うかと思っていたが、意外に淡々としていてふだんから勇ましいことを言っている人たちを失望させたかもしれない。
ともあれ、ウクライナの戦禍は三週間をこえ、プーチンは進展せぬ戦果に焦ったか市民への無差別攻撃へと変わってきた。
誰も止められないプーチンの戦争。自滅を待つしかないのか。
その間にも万、いや何十万、何百万という人の命が失われてゆくのか。
戦争が長引けば経済はもちろん、我々の暮らしも無事ではすまなくなるが、彼らと連帯し自分の国で自由に生きられる権利を守るためにできることとはなんだろう。
少なくとも今起きている状況をしっかりと記憶にとどめておくことだ。

節電

養花雨の晴れ間待ちをる甲子園

催花雨ともいう。

雨水の頃から降る雨をいい、花の開花を促す、俳句ではとくに桜の開花を心待ちにする気持ちを雨に託した季語である。菜種梅雨とも言えるし、春霖とも。
本来は温かい雨であるはずなのだが、今日のように一か月以上も前に戻ったような冷たい雨では冷や水を浴びせこそすれ、花をうながす資格がないかもしれない。
雪も降ったりして暖房の使用で停電も心配された関東であるが、節電効果もあって無事乗り越えられたようであるのはよかった。

トラウマ

卒業しても落第の夢今も見る

出来が悪い学生だったので卒業が決まるまでは何とも不安な毎日を送っていた。

せっかく就職も決まっているのに焦るばかりである。
卒業を知ったのは実家宛への通知だったと記憶しているが、その報を聞いたときはどれだけ胸をなで下ろしたことか。まさに薄氷を踏むような卒業だったので、いまでも落第の夢で目が覚めることがある。掲句そのものである。
今となっては懐かしい思い出とはならないのである。

第七波

副反応なきワクチンの春愁

三度目のワクチン。

無事に終えて帰ってきた家人だが、今回は一日たっても発熱はおろか、倦怠感、患部の痛みさえまったくないらしい。高齢者は若い人たちに比べて副反応が少ないというのは定説だが、まったくないというのも効いているのかどうかも疑わしくて困ったことだと思う。
第六波のピークを過ぎての接種もばからしいが、この波が完全に収束する前に第七波に突入する可能性があるとなれば無駄にはなるまいと期待するほかない。

平底

春泥のからびて青き細腓

菜種梅雨の季節となって気温も上がらず寒い日が戻ってきた。

玄関がたちまち汚れる。
ちびたつっかけで庭をうろつくたび足裏が枯草と泥にまみれる。下駄とか、長靴のような深い溝があるならこうもならないだろうが、いちいち履き替えるのも面倒で。
用を済ませてすぐに戻っても同じことだった。