再確認

職退きてしばりなき身を更衣

初めて扇風機をいれるほどの蒸し暑さには閉口した昨夜。

そこで今日よりはTシャツでよかろうと衣替えしたのはいいが。
めぐみの雨となった朝のうちはよかったものの、午後からは打って変わって冷たい雨と変わり一枚、それも半袖とあってはちと寒い。
齢をとってくると何ごとも早まることもないようであるのを再確認した日となった。

工夫

ロープワーク覚えて吊す胡瓜かな

菜園でも面倒なのがネット栽培。

風や重量に負けないためにはちゃんとしたネットを張らねばならないが、これが結構難儀するのである。支柱やネットなど資材の管理も必要になるし、農家のようにぴんと張るのも難しい。
そこで、今年はネットに頼らず紐に巻き付けながらまっすぐ上に一本伸ばす方法にチャレンジしてみた。これをやるには胡瓜の小蔓をのばさずに親蔓だけで収穫できるような苗を選ばなければならない。いわゆる節成という性質をもった胡瓜である。親蔓の節ごとに実をつけるタイプである。節成でないタイプは親づるにはせいぜい三節にひとつくらいしか花をつけないので、何本かの子蔓を育ててそこで数を得るためにネットは必須になる。
ものになるかどうかやってみなければ分からないが、こうしていろいろ考え、工夫してみるのも家庭菜園の楽しみのひとつである。

快い汗

ステンレス鍬の安物緑さす

本の数メートルの一畝耕しただけで汗が吹き出す。

だがさいわいに風は涼やかである。しばらく当たっていると汗もすうっと引いてゆく。30度近いとはいえ新緑の季節である。
しばらくは心地いい汗にまみれるのいいものだ。

寒い風

球団来て蛍の闇の失せにけり

地元の町にJ3チームの本拠地が移された。

ところが、町おこしという意味ではいい話しだが、蛍にとっては大迷惑となっている。
某大学が移転した跡地にやって来たチームだが、大学の立派なグラウンドがナイター設備をもつものだから、毎夜のように練習の光りがもれて蛍が激減しているというのである。
地域住民が長い年月をかけて育ててきた蛍の飛ぶ沢がグランドのすぐ下にあり、闇を奪われた蛍が恋の季節を迎えることができず個体数を減らすばかりだそうだ。
蛍は風のない闇の夕から夜にかけて飛ぶのはよく知られている。ナイターの練習時間がまさにこの時間帯に当たるものだから団体もお手上げだ。
行政では蛍保護活動のことは知っていたはずで、何の手も打たれなかったというのも胸に寒い風が吹くばかりである。

白十字

十薬や別の角度のもう一本

全部抜いたと思っていたが。

あにはからんや、しぶとく残っているのを発見。まあ、十薬とはそういうものだ。環境を変えないかぎり簡単には根絶できない植物なのだから。目くじらたててもしようがないというものだ。はびこらない程度に白十字が庭に灯るのも悪くはない。

思案

昼寝席猫にとらるる無聊かな

昨日のシェア畑草刈が効いている。

重い刈払機を振り回したので、腰を始めあちこち筋肉に軋みが出てちとつらい日である。
食欲だけは旺盛で昼もたっぷり食べたらいつものように眠くなってくる。
しかしながら、炬燵を引きあげてからというものいつものソファベンチが猫どもの居場所となって、ときには四匹がすべての席を埋めるのである。
こうなると飼い主の居場所がなくなる。お天道様が真上にあるうちは畑に行くにも早すぎる。どうしたものか腕を組んでの思案である。

青臭さ

旨いとてよこせしトマト甘かりし

感覚、とくに味覚においては個人差がある。

とくに野菜については世代間における差が一律的にあるような気がする。
たとえばトマトを考えてみてほしい。
冷たい水に浸したトマトをおやつ代わりに食した我が世代には、今の甘ったるいトマトは苦手ではなかろうか。独特のトマト臭さがあってこそトマトの味だと思うのだが、どうやら若い人たちにはフルーツのような甘さ主体のトマトがいいようである。おかずにするにはどうも甘すぎるのだ。
トマト独特の匂いというものを、生まれてこのかた食べたことのない世代が大半を占めるようになると致し方ないのかもしれないが、昔の味わいを再び得ようとすればもう自分で作るしかないのだろう。
旨いからと若い人からお裾分けいただいたのだが、今風に甘かったのは残念なことである。