写生大会

画架背負ひて徘徊もまた花曇

絵はいまでも苦手だが、過去一回だけコンクールに入選したことがある。

それもはるか昔、たしか小学校4年生のときでなかったか。その年から水彩画を習うことになっていて、新学期の前に絵筆や絵の具など買ってもらったばかりであったと思う。
近所にハイソな家の同級生がいて貧乏な家の子とよくつきあってくれたものだと思うが、まだ春休みであったか、写生に誘われて言われるままに出かけた。その子には姉もいて、水彩画にも手慣れた風だった。河原に降りて下から見上げるようにして桜の土堤を描こうということだった。
今考えてみても、なかなか面白いアングルで、土堤の先には橋もかかっていてこれも画用紙の端に入れた記憶がある。
市主催のコンクールに応募したことなどすっかり忘れていた頃、クラスの先生から入選を聞かされたときはたいへん嬉しかった。
今思えば、カメラで言えば広角レンズで切り取ったような画角で、友達に言われるままに河原に降りたことが決め手だったと思う。一人だったらとても思いつかなかったろう。
そんな得難い友人も間もなく転校となって、以来再びコンクールに応募する機会はこなかった。

見かける

初花の車窓となれる赴任かな
出張の車窓過ぎりし初桜

務めているときは桜をじっくり眺める時間はなかなかとれないものだ。

いきおい、仕事後に連れだって夜桜見物に出かけたり、休日に家族と楽しんだりするのが中心となる。
それ以外は、通勤途中や勤務時間中、あるいは掲句のように外出時に、「見かける」のが関の山だろう。
また、休みに桜の計画をたてていても、思うとおりに咲いてくれないこともあるし、あいにくの天気で気勢がそがれてしまったり、とかく自然相手はままならない。
ただ、どんなときであれ、その年初めて「見かける」花は特別である。ニュースなどで各地の花便りは盛んに耳にするが、やはりこの目で見る桜、ことに初桜ならばなおのこと、浮き立つ心が増してくるというものだ。

防災行政無線放送

たんぽぽは寝まるそこの子帰りませ

この歳になるまで知らなかった。

蒲公英が眠ることを。日が沈みかけると蒲公英の花が閉じるのだ。
たまたま、庭にしぶとく根を張っているやつがいて、何度刈ってもまた息を吹き返してくる。今年はしばらく放置しておいたら、そいつがいくつも花をつけるほどのさばっているのだ。これが玄関の傍にあるものだから、朝、昼、夕のつど目に入ってくる。

この春休みから、町の「よい子は帰ろう」放送が冬の午後5時から6時に変更になっている。放送がある頃にはすっかり花を閉じているのが、新鮮な発見であった。

室生の燕

大曲がりせる瀬を返し初燕

今年初めて燕を見た。

それも、山深い室生でである。
室生寺入り口にある大野寺へ、巨木の糸桜目当ての吟行である。ここも開花にはまだ数日かかりそうでがっかりだったが、それなりに遅い春の句材はあまたあった。
上流の室生寺から流れ来る宇陀川の水量は多く、その瀬の上を燕がかすめ飛んでいる。おりしも、小さな蜉蝣のような虫が飛んでいて、これらを捕食しているのではなかったか。
淵となっているところをのぞくと鯉がゆっくりと深みへ沈んでゆく。

悠然と野鯉沈める春の淵

まだ帰らない小鴨が瀬に身を委ねては下ってゆき、折り返し戻ってはまた下へ流れてゆく。採餌するにも省エネを徹底しているようだ。

ありふれた草

母子草名知ればちかうとりなして

あまり気にも留めなかった草だ。

今までは見れば引き抜いていた草だが、あらためて足許を見てみると意外にあちこちに生えているものだ。
春の七草「ごぎょう」のことだという。
葉っぱが雪割草みたいに白い毛で覆われているので、それとすぐに分かる。
何の変哲もない雑草だが、古代には草餅に搗かれてもいたという。
名前のいわれもいろいろあってどれも決定打とは言えず、「母子」というのはどうやら音からきただけで、「母子」には全く意味をもたないそうだ。
それだけに、大きく分けて、「母子」にかけて詠んだり、雑草のありようと結びつけて詠む、くらいしか思いつかない、何とも詠みにくい季語である。

開花したか

葱坊主高く積まれて濃き匂ひ

4月第一日曜日。

自治会総会が開かれた。
今年は輪番の役が回ってきて、毎月いろいろ用事が増えそうである。
実は、昨年打診されたのを、手術入院があるかもしれないといったん断ったのだけど、個人的理由をずっと通すわけにもいかなかったのである。
立派な自治会館もあってそちらの管理も引き受けることになったが、どうやら消防署のお達しで今年からは「防火管理者」を置かなければならない規模にあるとかで、20数年も昔取得した資格が今さら役立つとは思わなかった。この資格を取るには二日間の講習を受けなければならず、現役の若い人たちにお願いするにはなかなか難しい。来年はどうなるか分からないが、昔の経験が住んでる町に役立つならそれはそれで意味もあるというものだろう。

総会、事務引き継ぎが終わって外に出たら、畑のすみに葱坊主が積まれていて、その特有の匂いが風に運ばれてくる。同じ畑には姫踊り子草、蒲公英が群れていて、薹がたった野菜も花をつけ、これに開花宣言があればまさに春爛漫というところ。

術前説明

春陰の模型をさして患部よと

インフォームドコンセントと言うのだろうか。

診察室に通されて、診察医から此度の手術内容の説明を受ける。
患部部位がどのあたりで、それを臓器全体摘出するのか、あるいは部分的な切除で済むのか、などの手術の方法や、それにともなう効果、危険性の有無など、安心して担当医に任せるには十分なコミュニケーションをはかる必要がある。
レントゲンやCTスキャン、エコー検査の画像などで具体的な部位が分かるが、それを臓器や骨格などの模型で説明されるとなお分かりやすい。